「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない
恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」
モフセン・マフマルバフ
現代企画室 2001
2002/05/23
この本、知ってはいたのだが今まで読まなかった理由は、タイトルがあまりにセンチで胡散臭いと思ったから。しかし先日ニューヨークに行った関係でやっと
『現代思想』の2001年10月臨時増刊(総特集「これは戦争か」)を借りてきたところ、このエッセイの抜粋が載っていたのだった。何となく読み始めたの
だが、危惧していたべっちゃり感はそれほどではなく、かなり良質な文章である。そこで全部読んでみたくなって図書館から本を借りてきたというわけだ。
著者のマフマルバフはイランの超有名映画監督らしい。彼はイラン人だが、今までアフガニスタンを題材にした映画を2本撮っていて、そもそもアフガニスタン
に関心があったようである。というか、アフガニスタンはイランから分離した国だし、イランは隣国ということもあってアフガンからの移民を20年間受け入れ
てきた国なのだから、日本にいる私のようにぼんやりとしたイメージを持つだけで済むわけがないのだが。
さて、レポート本文に入る前に、まず読者に対して次のような文章が置かれている。
このレポートを最後まで読むには、一時間ほどかかるだろう。その一時間のあいだに、アフガニスタンでは少なくとも十二人の人びと が戦争や飢餓で死に、さらに六十人がアフガニスタンから他の国へ難民となって出ていく。このレポートは、その死と難民の原因について述べようとするもので ある。この苦い題材が、あたなの心地よい生活に無関係だと思うなら、どうか読まずにいてください。最後の文章は全く気に喰わないが(演出だとしても上手いやり方だとは思わない)、要するにこのエッセイは「どうしてアフガニスタンはああであるのか」とい うことについて考察しているのである。内戦が続き、麻薬を作り、飢餓に苦しんでいるのはどうしてなのか。隣国から追われ、難民となるのはなぜなのか。なぜ タリバン政権が生まれたのか。世界はどうしてそんなアフガンをそのまま放置しているのか(石仏破壊にはナイーブなほど騒ぎ立てるのに?)。
アフガン人は、朝目覚めると、暮らしを続けていくために四つのことを考える。一つめは、遊牧のこと。これは干魃(かんばつ)次第 である。二つめは、どこかの勢力や派閥のために戦うこと。つまり、職を得るために軍隊に入るのだ。三つめは、家族を養う生活費を稼ぐために移住すること。 四つめは、もし他に道がなければ、密輸人ルートに加わること。しかしこの四番目の道は最後の選択肢であり、そこでの雇用の機会は限られている。アヘン栽培 の5億ドルで、2000万人もいる一国の民が皆働けるなどという計算はできない。だから、アフガニスタンの人びととアヘン密輸を結びつけるのは、非現実的 であり、それですべてが説明できるわけでもない。これらを少し細かく見ていこう。一つめの遊牧だが、これについてはここ2年の干魃のせいで牧草地が枯れ、もはや家畜がいない有り様だという。二つめは要す るに、戦争も雇用機会の一つたりうるという話である。飢餓で100万の人びとが死んでいこうとする中でタリバンの神学校に入れば誰でもパンや肉入りのスー プが口にできるというのだから、孤児たちはそりゃ入るだろう(北部同盟や他も同様。しかも「アフガニスタンの戦争で指揮官が死んだことはほとんどない」と いうことは、なんとか指揮官にまでなれれば職業として十分やっていけるのでは?と思ったとしてもおかしくはない)。三つめの移住については、イランをはじ めとした近隣諸国に安い労働力を売って生活費を得ようということである。そうはいっても周りの国にだって低賃金労働者はいるわけで、結局アフガニスタンの 人びとは彼らとの競争に負けてしまう。四つめは麻薬マーケットに関わること。これも上にあるように誰もができるとは限らない(ちょっと面白いなと思ったの は、彼ら自身が麻薬を消費することはイスラムにおいてハラーム(不法)だけれども、生産することについてはハラール(合法)であるらしいという話。なんで も「敵国に毒を送りつける」のだとか)。
全世界の麻薬取引の総額は4000億ドルであり、アフガン人は、4000億ドルの利益を生む世界の麻薬市場の宿命的な犠牲者であ る。しかし、なぜ麻薬の半分を生産しているアフガニスタンが、その利益の800分の1しか享受しないのか。答えがどうであれ、4000億ドルの利益をもつ 世界の麻薬市場が、それを求めているのだ。世界の片隅で、文明社会の法に従う必要がさしてない国が、その市場に必要なものを生産するのにもっとも適した場 所なのだ。もしアフガニスタンに戦争がなければ、もし曲がりくねった細道の代わりに道路があれば、もしアフガニスタンの経済が再生すれば、もし何らかの可 能性があらわれてこの5億ドルの収入への関心が失われたなら、好きこのんで、この4000億ドル規模の市場のための生産地のままでいるはずはないではない か。汚れた貨幣の本当の利益をこのゲームの中で勝ち取っているのは、麻薬中継ルート上の国々の政府か終着点の国以外にあるだろうか。
さて、ここに約2000万人の飢えた国民がいる。そのうち30%は飢餓と政情不安のために難民となり、10%は死に、あるいは殺 され、残りの60%は餓死寸前の状況にある。特に最近の干魃の後はそうだ。国連の統計によると、この数カ月のうちに、さらに100万人が餓死で死ぬかもし れないという。もし今、アフガニスタンに入国すれば、人びとが街角に倒れたまま放置され、死にかけているのを目にするだろう。飢えで動く体力もなく、戦う ための武器も持たず、あの過酷な刑罰を怖れて犯罪を犯す勇気も残っていない。唯一の救済案は、そのままそこで死ぬことだ。それは、世界を覆いつくしたこの 人類の無関心の中で起こっている。私たちの時代は、「人類は互いが互いの一部」であったサアディーの時代ではない。
まだ心が石になっていなかった唯一の人は、あのバーミヤンの仏像だった。あれほどの威厳を持ちながら、この悲劇の壮 絶さに自分の身の卑少さを感じ、恥じて崩れ落ちたのだ。仏陀の清貧と安寧の哲学は、パンを求める国民の前に恥じ入り、力つき、砕け散った。仏陀は世界に、 このすべての貧困、無知、抑圧、大量死を伝えるために崩れ落ちた。しかし、怠惰な人類は、仏像が崩れたということしか耳に入らない。こんな中国の諺があ る。「あなたが月を指差せば、愚か者はその指を見ている」
誰も、崩れ落ちた仏像が指さしていた、死に瀕している国民を見なかった。衛星放送、メディア、新聞、ラジオ、テレビ、ファックス、電話、インターネット、 このようなコミュニケーションのためのあらゆる機器は、何のためのものなのか。私たちはこうした道具そのものか、それを通して伝えられる決まりきったこと だけを、眺めることしかしないのだろうか?ターリバーンの無知、彼らの原理主義は、アフガニスタンのような国の不吉な運命に向けられる世界の無知よりも深 いのだろうか?